
1995年1月17日に起きた阪神・淡路大震災は、神戸を中心に甚大な被害をもたらしました。大阪在住のソウル・ウラワー・ユニオンのメンバーは、直接の被害は逃れましたが、「何かをしなければ」という気持ちが彼らを神戸へと駆り立てました。
2月上旬からソウル・フラワー・モノノケ・サミットなるアコースティック・チンドン・ユニットを結成し、神戸近郊の避難所、公園、道端などで出前ライブを繰り広げました。
このアルバムはそんな出前ライブで唄われている曲(戦前の流行り唄、労働歌、ヤマト民謡の数々)が収録されています。尚、出前ライブでのレパートリーは50曲強あります。
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RESPECT RECORD
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レヴェラーズ・チンドン LEVELERS CHING-DONG/RES-21
- インターナショナル
INTERNATIONAL
- ハイカラソング
戦前の壮士演歌
- 水平歌(解放歌)
〜農民歌
〜革命歌(嗚呼革命は近づけり)
- アリラン
ARIRANG/朝鮮民謡
- ダンチョネ節(特攻隊節)
神奈川民謡〜はやり唄
〜ピリカの唄(アイヌ民謡)
- 安里屋ユンタ
琉球民謡
- 弥三郎節
青森民謡
- もずが枯木で
戦中・戦後のはやり唄
- カチューシャの唄
戦前のはやり唄
- むらさき節
戦前の壮士演歌
- 蒲田行進曲
戦前のはやり唄
- 有難や節
戦後のはやり唄
- さよなら節
戦後のはやり唄
『アジール・チンドン』に寄せて
「ソウル・フラワーを応援し続けてくれているすべての方々へ「
関西に棲み、尚且つエンタテイメントを生業としている「
ならば、阪神地方の避難所・テント村にいるオジイ・オバアと、はやり唄や民謡で遊ぼやないか、というヒデ坊の提案があり、1995年新春にソウル・フラワー・モノノケ・サミット(以下SFMS)なる珍奇なチンドン楽団は結成された訳です。その後の活動の詳細は我々の雑誌『NO GURU.3』(大震災特集号。メンバー全員のインタビュー掲載。参照して下さい)に譲るとして、天災という思いもよらなかった有事がソウル・フラワー・ユニオン(以下SFU)の活動、アンサンブル、グルーブに何を呼び込んだのか、を本アルバムから感じてもらえたらと思います。
1995年10月1日に発売されたSFUのシングル『満月の夕』のカップリングに用意した『復興節』(1923年、添田さつき作)が、中川敬の作詞部分を問題にされ、まさかのメジャー発禁と相成りました。どうせ自主制作で出すなら、ライブ音源とセットしてSFMSの“ファースト・アルバム”として出そやないか、という場当たりな思いつきが本作『アジール・チンドン』の制作に繋がった次第です。それでも、ロック・ミュージシャンのよくやる“アコースティックもの”“カバーもの”といったネタ切れ状態の穴埋め企画と『アジール・チンドン』とは全く出自が異なり、寧ろ“1995年のソウル・フラワーの日常が詰まっている”という意味あいに於いて、『アジール・チンドン』は『カムイ・イビリマ』『ワタツミ・ヤマツミ』に続くSFUの新作というニュアンスの方が、我々にとって適切なのです。(避難所ライブの経験は忘れることの出来ない、刺青にも似た自分の歴史のひとこまで、出会いの中の様々な“想い”がこのアルバムには詰まっているのです)
ライブ・バージョン7曲は1995年秋のパワーステーションに於けるライブ録音で、シーサーズ・デラックス、A-MUSIC、ベツニ・ナンモ・クレズマー等で知られる大熊亘氏、コンボステラ、スリル、シーサーズ・デラックス等で知られる関島岳郎氏、そして、石やんこと石田長生氏、といった錚々たるゲスト・プレイヤー達はたった一回こっきりの音合わせしか出来なかったのにも関わらず、その自由空間に於けるセンス溢れるアンサンブルの構築をもってして、我々に楽しみながらMIXする心地よい緊張を与えてくれました。これは、日本史最高の“ロック”アンサンブルやと勝手に思っています。
テーマは“「ヤマト」って一体何やねん?”選曲は凝らずしてこうなりました。アイヌ民謡の『アランベニ』以外は全部“ヤマトもの”です。薄っぺらな“伝統もの”“植民地もの”“過激もの”にケリを入れ、先入観抜きで音楽を楽しんでもらえたら、本文の目的はひとまず達成です。わたしゃ相当気に入っています。『アジール・チンドン』を。
最後に、1995年阪神地方で出会った多くの素晴らしい人々、故柴田昌巳氏の『東京チンドン』、大工哲弘市の近年作、そして座右の書、住井すゑさんの『橋のない川』に大いなるインスピレーションをもらいました。御併読、御併聴下されば嬉しく思います。
(ソウル・フラワー・ユニオン 中川 敬)
大地の底で何万人もの人が太鼓を鳴らしたような地鳴りと共にあの地震はやって来た。不安や苛立ちが渦巻く避難所に、私達は唄を持って自身無げな顔で出向いた。広場に手拍子が響き、皆の顔に、地震以前にあった“日常”ではない“日常”が現れた気がした。
私達はそこで生まれた新しい“日常”を持って、色んな場所で唄い踊った。数え切れない匂いや、笑顔や、体温をこんな小さいCDに収めることは出来ないけれど、「あんたらの唄、毎日聴きたいわ」と言ってくれたお爺ちゃん、お婆ちゃんとの約束を少しでも果たせたことが何よりも嬉しい。
(ソウル・フラワー・ユニオン 伊丹英子)
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